2021/06/13 12:57
たぶん6歳の頃だと思う。
母親方の祖父母の家に遊びに行った時の事。
風呂上がりだったのかどうかは記憶にないけど真っ赤な越中褌一丁の祖父の姿がその頃に褌というものを知らなかったおれの目に焼きついた。

稲吉商店の越中褌
https://inayoshi.theshop.jp/categories/1699605
記憶は定かではないけど懐かしさと日本人らしさを感じたのを覚えている。
それから30年以上祭などを除いて褌を目にした記憶がなかった。多分意識していなかったので目に入らなかったのだろう。
幼少の時の記憶が眠ったまま時が過ぎていった。
そして42歳の春を迎える。
その頃夢中になっていたオートバイ87年製 Triumph ハリスボンネビルで夜の9時頃に春の心地良い風を感じながら下ろしたての 80's Levi's 505 ブラックデニムに80'sOsh Kosh 赤白ヒッコリーストライプシャツにRios of Mercedesの黒のホースハイドのウエスタンブーツというトーマル的に時代を合わせた形で疾走していた。

大分のオートポリス国際サーキットで奇跡的に私服で走った時
上り坂から下り坂に入って間も無く対向車線に一台の車が右折待ちで停まっていた。
見通しも良く他の車両はない。
右折停車しているのを確認しそのまま走り抜けようとしたした時にその車がフラフラとこちら側の車線に入ってきた。
多分30mくらい先だったと思う。
こちらに気づいていない様子で車線を塞いだ。
フルブレーキで停車しようとしたが前後のタイヤがロックし滑りながらその車の助手席側に突っ込んだ。
一瞬の出来事だった。
地面に仰向けになって倒れたおれは身体が熱くなり痛みはなく自分の右足が折れている事を確認した。
人通りのほとんどない場所だったが気がつけばおれの周りには沢山の人が立っていた。
そのまま救急車に乗せられ1年半の病院送りとなる。
それから病院での生活を始めるようになった俺は化繊の病衣に違和感を感じ着心地の良いヘンプウェアと褌生活が始まった。
42歳の時だ。
初めのうちはボクサーパンツとのあまりにも異なる褌の緩さに戸惑いながらも身体が心地良さを感じていくのを確認していった。
おれの細胞の中に日本人という記憶があるからだと思う。
人生の転換期がやってきた。
日本の事に目を向け始めていく事となる。